『困難な航海』

 ビルボケに付けられた目によって、擬人化となり、誰かの化身になる。
 雷が鳴る烈しい荒天の中を彷徨する帆船を見つめる眼。

 冥府と現世、亡母と残した息子たち(家族)の精神的な構図。開口は大きく開いており、遮蔽になるべき暗幕も隅に寄せられ、いくつもの覗き窓がある仕切り戸が傍らの壁に放置されている。

 この部屋の奇妙は、光が開口部からではなく暗い壁から出ていることである。理不尽、不条理、物理的根拠に欠けた部屋。
 ここ(冥府)での人(死者)を増やすことはならないと、放たれた鳩は赤く染められ義手に抑えつけられている。

 現世の荒海での航海をじっと見つめる冥府の眼差し。ここはピンクに象徴される安らぎであっても、人の条件である手足や何もかもを失っている。解放された自由であっても、あなたたちのいる現世へは決して行かれません。

 マグリットが亡母の眼差しの側から描いた画である。行き来不能の世界、しかし絶対に見ていてくれているという確信、絆。切なすぎる母恋いである。描かずにいられなかったこの絵は、介入禁止かもしれない。


   写真は『マグリット展』図録より