
『プロフィールの自画像』
プロフィール…横顔、輪郭の自画像(わたくし)である。
黒い色面を見ると人の横顔であり、ベージュの色面を認識すると人の横顔が消え不明な形を残す。何度繰り返しても同じで、繰り返しているうちに何かに変容するという性質でもない。
しかし、このごくシンプルな線条をデュシャンだと確定するのも早急にすぎる。自己申告であれば肯くしかないが、誰でもいい誰かのあなたという不確定がある。
なぜ、自画像であると断言したのか、それは「誰でもいい、わたし(デュシャン)」だったからである。
《わたしとあなたとどこも変わらない、わたしがあなたであってもいい》
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)
(宮沢賢治『春と修羅』序より)
要するにわたし(デュシャン)は《一つの現象》にすぎないと。存在そのものの明滅、その狭間に現れた現象であるという告白である。
(写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク www.taschen.comより