
密閉容器である、外に漏れることも外から入り込むこともない。
遮断、限定された空間内の空気には50㏄のパリの空気が混入されているという提示である。
確証、根拠を証明できない。空気に特定の命名はなく地球上を対流しているからである。しかし、これほど特定不可な物質は他にあるだろうか。確かに空気に何かほかの要素が混じるということはあるが、単に空気といった場合、窒素・酸素炭酸ガス…等である。しかも見えない。
見えないものに対する挑戦。見えないが存在することの畏怖、あるいは無感覚。それを「感じよ、凝視せよ」という命題である。空気は無ではなく有である。
存在の根拠、空気がなければ生物(人)は死ぬという自然の理。このガラス製アンプルの中には、パリの空気という芸術の都への比喩が入っている。アーテストの憧れる、あるいは集まるところのパリ、花の都パリという幻想が50㏄ばかり入っているというジョーク。空気は世界全体同質(気候による温度湿度の差はある)、しかしパリの空気は・・・歴史(時間)の作り出した精神的な概念は「パリの空気」と命名するに値するかもしれない。
写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク www.taschen.comより