作品(小便器)は然るべきところに設置するわけではなく、会場に置くことをあらかじめ予定されていたという。

 公衆の面前に小便器を平然と意思を持って置くという行為への反感。生理的に受け入れ難く、展覧会全体がこの一点に因り異なる空気を漂流させてしまうことへの困惑。それほどの衝撃がなぜこの小便器にはあるのだろう。

 禁止、タブーの壁。下半身を曝せば犯罪だが小便器を作品として提示しても法に触れることはない。(抵触にすらならない)
 心理(常識・観念)を逆なでする行為であったかもしれないが、線引きは難しいというよりないのである。人間には9つの孔があるが上半身(頭部)にある7つは被われ隠すことはない、しかし下半身の2つは太古の昔から隠すべきとされている。

 太古の昔から陰部を隠すことを当然のこととし、長い歴史が育まれてきた。この心理の奥にあるものは、秘めるべき愛情の確認は決して他人には見せず、カップルだけの秘密だからである。
 性別という異種、細胞、DNAの配列、大いなる宇宙の律が、この『泉』(小便器)に隠れている。


 写真は『DUCHAMP』(ジャニス・ミンク) www.taschen.comより