
床の振動を吸収しないように対象は底を上げ、紐にぐるりと巻かれ内部は被われている。(秘められたる)というのであれば見えない領域にあるということである。
『秘められたる音』は隠蔽され、見えないように隠している。
しかし、見えていないものを隠すとは何だろう。作家はこの作品のなかに在るとは断言していない。音は元来見えない。
むしろ《音は見えない》ということの認識である。音源の方向は確かに在るが目に映る感知は物理的現象に他ならない。音が自ら能動的に発せられることは皆無であり、物理的な原因があって初めて生じるのである。
音には物理的な音と、精神的な音があるかもしれない。学習された経験上の中の音、つまり記憶の音であり、精神的なリズムに共鳴するような主観的な音である。
『秘められたる音』は、その記憶を叩き揺さぶっている。
有無は謎である。しかし、鑑賞者はその目で探索する、決して見えない音を脳裏に巡回させるのである。
写真は『DUCHAMP』(ジャニス・ミンク) www.taschen.comより