供給・需要ともに『ボトル・ラック』で一致している。しかし、そこに秘かにも異存を感じたであろうデュシャン。
 別の意味を見出し、鑑賞者の前に提示する。主観である。

 主観と客観(誰が見ても一様にみとめられるとする意見)は、同じ時空にあるということの発見である。主観と客観の間に壁はない。
 対象を巡る意見の相違、主観が圧倒的多数であれば客観になり、主観が客観を超えることはない。仮に主観が大衆を動かすとしたらそれは専制であり、自由や解放からは遠い。

 デュシャンは『ボトル・ラック』に他意を感じたからこそ作品として提示し、これはまさに『ボトル・ラック』であると差し出したのだと思う。
 他意(主観)は、自由であり解放である。


 写真は『DUCHAMP』(ジャニス・ミンク) www.taschen.comより