
『3つの停止原基』
三本の板状のもの、これを原基だという。不定形、任意…偶然の線条である。二度と同じ形状が現れることがないと断言できるような流線をなぜ『原基』と認定したのか。
生じること、現象の不可思議・・・原始(未開)を限定することは叶わない、しかし、限りなく小さな可能性として想定することはできる。もちろん決定ではなく仮の想定にすぎない。
この偶然、風のような現象を『停止原基』と名付ける、しかも3つという任意の数で。
偶然は必然に結びつくだろうか。原基は必然であらねばならぬ、そう思う。
このタイトルは《わたくし(デュシャン)の》という修飾を消している。わたくし(デュシャン)が世界の主である。偶然こそが世界の原基であり、原基は生物世界にはその数だけ無数に存在する。
秘めた原基は揺るぎなくしかと頑強な箱に収められるべきである、誰にも開けられることのない構築の箱・・・否、簡単にこじ開けられる造りかも知れない。この不安定さ、主観と客観の壁(境界)の強固と脆さの共存の中で、わたくし(デュシャン)の停止原基はこのようであるという提示である。
写真は『DUCHAMP』より www.taschen.com