
キャサリン・ドライヤーが妹のために何か作品を制作してくれとデュシャンに依頼したのは、その妹がデュシャンに好意を抱いていたので何らかの反応を確認したかったのだと思われる。つまり、その返事がこれであったというわけである。
無味乾燥と思われるこの作品の深い哀しみ、拒絶と孤独、言葉にしえない、言葉にすることがタブーであるような世界の開示である。
数多の角砂糖型の大理石は、むしろ囚われた少数派であり、小さな(小さすぎるカゴ)の中の飛べない鳥の空間に肩を寄せ合っている風情だと解釈できる。
自分はこのようなものなのですよ、という告白。
しかし、自由に生き、ものを言う権利を持っている。しかし、言明してしまえば、疎外感に苛まれることは必至かも知れず、不自由なカゴに安住するしかない。
『ローズ・セラヴィよ、何故くしゃみをしない?』
「わたし(デュシャン)のなかのローズ・セラヴィよ、何故姿を現さないのか」デュシャンの苦悩のつぶやきが聞こえる。
写真は『DUCHAMP』より www.taschen.com