忘れて叶うまじき人といわなければならない。そこで此処に恩愛の契りもなければ義理もない、ほんの赤の他人であって、本来をいうと忘れて了ったところで人情をも義理も欠かないで、しかも終に忘れて了うことのできない人がある。


☆亡(死)の教(神仏のおしえ)が腎(かなめ)故に、諸(もろもろ)を隠して相(互い)を継(つないでいる)。
 疑うと、裏(反対側)の釈(意味を明らかにする)他の腎(かなめ)がある。
 翻(形を変えてうつす)記には、亡(死)の霊(死者の魂)が認められる。
 常に疑い、裏を決(立ちあげ)修(ととのえる)。
 亡(死)の霊(死者の魂)の奇(風変わりな)図りごとである。