『泉』とタイトルされた小便器。
 作品としての提示、会場でこれを見た人の違和感、少なくとも好意的には歓迎されず、消し難く不快感を残したに違いない。

 美しいと賛美されるものでも、善意でもない。
 しかし、《真》であることは間違いない。ゆえに鑑賞者は引くのである。
 誰もが排尿排便をする、これを否定するものは誰もいない。〈俗であるというならあなたが俗である〉
 生命の基本・・・王も王女も富める者も貧しいものも、善人も悪人もすべからく排便排尿をする。

 つまり《平等》である。
 他の動物には決して見ることのない『泉』に象徴される設えこそ、人の人たる所以であり、人としての自覚である。


 写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク(www.taschen.com)より