『秘められたる音』
 修正レディ・メイド:ネジ留めされ真鍮版で挟まれた紐の玉(動かすことによって音)

(動かすことによって音)とあるが、動かすようにとの指示はない。
 
〈秘められたる音〉が実際に聞こえるか否かは問題ではない。(秘められたる音が有るかもしれないし無いかも知れない)という不測の事態、心理的時空を言っているのである。

 音を聞こうとして近づく鑑賞者の息さえも邪魔になる静謐、一点への神経の集中。
 時間のズレ、現時点より未来(先)への行動を促す。探る眼差し、聴覚はやがて不審へと変わり、変化(音)を確認できない。
 しかし、秘められた音が現存するに違いない、『秘められたる音』なのだから。物理的な音ではなく心理的な鑑賞者自身に内在する音を確信する。

 この心理の振幅こそが、作品との呼応における揺れ、つまり(音)ではないか。

 真鍮版の硬質、紐の軟質、素材の構成には奇妙な圧迫感があり、静止しているにもかかわらず、圧力による窮境を醸し出すのである。

『秘められたる音』、有るかもしれないし、無いかもしれないという隠蔽された不明な領域、秘められたという形容は人に見せないように隠すという意味である。
 
 ちなみに音はエネルギーである。何らかの装置(力)または位置の動向がない限り物理的な音は永遠に生ずることはない。にもかかわらず『秘められたる音』としたのは鑑賞者の心理的な揺れ(心理的なエネルギー)への挑戦である。


 写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク(www.taschen.com)より