チョコレート粉砕機は生産のプロセスであるが、ここでのそれは「絵画の粉砕」とでも言うものである。
 チョコレート粉砕機を模しているが、以って非なるものではないか。

 しかし、チョコレート粉砕機を模して描かれたものを見て、チョコレート粉砕機ではないと決定を下すまでには少々時間を要する。なぜなら、鑑賞者は受容すべく作品の前に立つからである。自ずと身についた…教育された鑑賞法は、タイトルと作画(作品)の関係を肯定的に考えるので疑念の入りこむ隙を与えない。

 まさかの意図、その関係を粉砕するという隠れた本意を看破できるだろうか。
 微妙に不均衡な機械、静止画ゆえに落下崩壊の危機は絶対に有り得ないが、力の方向(ベクトル)の逆行は一目瞭然であるし、中心軸のズレ、猫足の軟弱も滑稽である。
 重量を感じる作画でありながら床に着地という安定感にも欠け、宙に浮いているようである。


 ここまで念の入った不具合を(絵画の世界の不条理)と一括りに承認するか否かは鑑賞者の自由であるが、明らかに《反逆》である。
 絵画への信奉を否定して脱却を図る未来志向、見えないものへの挑戦、見えるものを否定した後の肯定。
 アートは視覚芸術の域を超え、世界(哲学)と結びつくべきであり、単にそれが自然であると『チョコレート粉砕機』は秘かに挑発している。


 写真は(www.tauschen.com)より