
半円形ガラス板・・・ガラスは見えないことを前提条件としている。有るが無い、つまり空気と同じ感覚である。
しかも回転する視覚映像を予想・想起させることを暗黙のうちに強いている。
ガラス板に描かれた立体(三次元)は、細部に至るまで微妙に再現不可の構造を思考し、あたかもこうした構造(仕組み)が設計されているような視覚的印象を模っている。
平行直角、きわめて綿密な構造に見えるが、実際にこれを正確に組み立てることはできない。そればかりか重力下では落下・崩壊を免れぬものであり、斜めから見た図でありながら正面としか思えない角度には不思議な歪みがある。
この不可思議な立体図形が、半円形のガラス板の目にも止まらぬ高速回転を仮想すると平板な円盤に変移する。相を変えるのである。しかもガラス板の淵の金属(鉛)により、この作品は球体になり、閉じた空間となる。
水車を暗示するような車輪や囲む立方体の線条は隠されたものになり、在るはずだという確信は記憶の中の残像として消失してしまう。
《存在と不在》の明滅、現象は時間を伴う魔術である。時空の変転に物質界は惑わされ、否、人間の目の不確かさは知覚に影響するが、唯一目に映る現象を確信することで精神の安定を保っている。しかし、それすらも幻影に過ぎないかもしれない。
『近接する金属の中にある独身者の器具』のタイトルに内在する不条理(不明)は、そのまま作品本体に内在する位相を孕んでいる。
写真は(www.tauschen.com)より