
同じ『説明』という作品であるが、人参の様子に変化がある。
全体に萎れかかってる。衰退、枯渇へのプロセス…、ガラス瓶と人参の合致の方も同じく傾きかけている。
しかし、ガラス瓶の方は依然として変化がない。
人参(有機質)は時間とともに生命活動を弱め停止していく定めなのに対し、ガラス瓶(無機質)は生命活動に無関係な物質なので変化がないのである。
設置の床は石(無機質)から土色(土か板状のもの)に変わっており、背景は遠山を臨む風景に変わっている。そらは空を含む背景は明度彩度の低い青系の濁色である。
前の『説明』の背景では時間を特定できない時空だったが、この『説明』では風景があることで、現代(現世)を想起させる。
つまり、永遠ではなく《死》への移行(循環)があるという示唆である。
ガラス瓶(無機質)には炭素がなく、生命活動によって燃え残るという時間を辿らないが、有機質である人参、人間を含む世界全体は時間と共に変化(死)を余儀なくされるという『説明』である。
(写真は国立新美術館『マグリッㇳ』展/図録より)