そうだ、この紳士の着衣は礼服(喪服)だったのかもしれない。
 ハットの陰に隠れた目は、涙を隠したものかもしれない。
 男は地の底(水底)から立ち上ってきた態である。

 水底(『禁じられた世界』)にいる女に別離してきたのではないか。亡妻との別れ・・・炎の英断をもっての決別である。(現実への哀切の帰還である)
 炎の彩度の低い赤さには、迷いや狂気そして苦渋がある。決して明るく希望に満ちた明度の高い色ではない。

 それに引きかえ『禁じられた世界』の女の安らぐようなポーズ・・・バラ(愛情)と頬杖(想い)には残してきた未練がなくはないが、相を違えた異世界での眠りに交信の術はない。

 母の自死、仕事に忙殺されていたかもしれない父との強い結びつきを信じる息子マグリットの両親に対する敬慕の念ではないか。


(写真は国立新美術館『マグリット』展/図録より)