《蛇のようにくねった長く続くらしい蝋燭 VS パイプに入った長く太い自身の鼻》

 この二対の対峙である。
 今も長く信仰され読み継がれている聖書の見解は指針である。しかし、わたしはそれに対し異議を抱いている。疑問は大きく膨らんではいるが、それを表に出すことはタブーに違いないし、平穏を望むわたしにとっては出来ない相談である。

 物(世界)の見方、単にそれに尽きるかもしれない。
 わたしはわたしの考えを内に秘めているが、時としてそれは作品に露呈するやもしれない、そう意図して描いているからである。

 闇雲に抗っているわけではない、深い感銘(肯定)の後の否定である。
 しかし、わたしはそれを語ることはない。

 哲学者としての逡巡、いつかこのパイプから自身の見解が破裂をきたすかもしれない。
「これはパイプではない」のだから。


(写真は新国立美術館『マグリット』展/図録より)