『小岩井農場』90 から松の芽の緑玉髄 かけて行く雲のこつちの射手は またもつたいらしく銃を構へる☆照(あまねく光が当たる=平等)を我(わたくし)は録している。 霊(タマ/死者の魂)の髄(中心・要)の講(話)を運(めぐらせている) 赦(罪や過ちを許す)が主(中心)であり、自由な講(話)である。