
『哲学者のランプ』
背景は黒のベタ、無、あるいは深淵であり、日常性からは隔絶された空間に身を置いている。
灯りをともす蝋燭の下部は蛇の態であり、聖書における蛇(「さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった」(創世記第三章より)を想起させる。
自分は真理を追究しているが、蛇にも似た狡猾さを持っていはしまいか…そうかもしれない、そうに違いないという逡巡。
巨大化した鼻は自らが吸うパイプの中に連結している。わたしの感性は自身のなかで煩悶を繰り返しなおかつ自身のなかを巡回しているのではないか。感性の肥大化は可否を決めかね自身の胸のなかを彷徨している。
暗闇を自ら作り、何のイメージにも左右されず、わたし自身の帰結を凝視している。
『哲学者のランプ』、自然光ではなく、自らが作り出した光を根源として対象世界を見つめている。怪奇であり、心の闇の奥底で肥大化した感性における答えを、自ら受け止めている。
しかし、この空間(世界)は歪みがあるやもしれない。(男と燭台の見える角度に差異がある)
繰り返される煩悶…孤独な仕事、根源的な問いに対する答えの探求。蛇の言葉と神と自身の関係を存在論としてどう問い直すべきか…マグリット自身の態である。
(写真は新国立美術館『マグリット』展/図録より)