卵と鳥に間には熟知されたサイクル(循環)があるが、そこには時間という経過が必然的に存在しなくてはならない。そのサイクルの条理を外す媒体は人の知覚および精神の自由であり、物理的媒体はあり得ない。
 マジック・・・脳裏における錯視は経験によるデータの集積に他ならない。

 つまりイメージの飛躍である。
 わたし達は物理学的条件のなかで生活し、精神性をも併せ持っている。精神は物質界の論理に従うことを鉄則としてるが、本来自由なのではないか。
 世界において知覚し学習した条件の各々が、時空を超えて結びつくという親和性を、常識という観点では否定されるが、解放された精神性の中では肯定を許される。

 時空などの物理的変化(生老病死)の変換や歪曲も、精神界においては自由であるという暗黙の約束を忘れている。この発見はわたし達の眠っている感覚を呼び覚まし、精神の自由を約束するが、そのまま鑑賞することも否定の余地はない。


(写真は新国立美術館『マグリット』展/図録より)