
Ⅱ-1-2 大気中の緑色に属するものⅠ
わたし達が緑色と認識する色は皆無である。
なぜ、緑色なのか…この作品全体を何と捉えればいいのか。
この配置に計算はあるのか、任意の景色であり、時間の特定は感じられない。
ただこれらの形態は近代以降であって、古の雰囲気は皆無である。緑(自然)を滅した産業革命以降の風景を暗示しており、どこにも人の情感が入りこむすきがないのである。
森林・自然・生育を指す「緑」という言葉に合致する条件はどこにも見当たらない。
光の三原色の一つである緑は、大気中の中にのみ緑を主張することなく存在している、という嘆息を込めた作品かもしれない。
自然(緑)を侵すもの、逃れた緑を懐古する風景、時間の特定ではなく、時間を遡った大地における緑(自然)への郷愁を逆に胸に刻むために設置された風景である。
(写真は神奈川県立近代美術館〔若林奮『飛葉と振動』展・図録より〕