
「新100線 No.67」
蓋つきの平べったい缶の中に、線と言われれば確かに線状の物が入っている(固定されている)。
閉じられた空間の中に帯状の金属が納まっているのは、入れたというより切断面のない持続した過程の一端が、円形の小さな空間に閉じ込められているという風である。
100というのは、当然《数多》という意味だと思うが、数多なものが凝縮しているという図かもしれない。
線は命あるかぎり永遠に続いていくものと思うが、その切り取られた部分は秘かなる想い出(喜怒哀楽の具体性は黙している)ではないか。蓋をあければ在り、締めれば消失を余儀なくされる、ごく個人的な、しかし誰にもあり得る過去の時空/経験である。
(写真は横須賀美術館『若林奮VALLEYS』より)