『パリの空気 50㏄』

 デュシャンの洒落、ユーモア。
 空気(Air)には空気・大気のほかに雰囲気(様子)という意味もあるけれど、どちらにしても見えない対象である。見えないということは、立証は困難または不可であり、ガラス製アンプルの中を「パリの空気」だと限定することは、《そうかもしれないし、そうでないかもしれない》という曖昧模糊とした不確定な範疇に留まるものである。
 しかも50㏄とあるが、高さ13.5㎝、円周20.5㎝の体積は50㏄を超えるものであり、その場合ほかの空気との混合なのだろうか。更なる難題である。

『パリの空気 50㏄』と言えば、(パリの空気 50㏄なのか)と軽く肯き、納得するが多少の違和感が残る、(少なすぎる、そして・・・)と。
 パリの空気50㏄が入っているかもしれないが、入っていないかもしれない。見て確認することは到底出来ないし、実際パリの空気であることの条件も分からない。もちろんそんなものは無く、ただ心情的な活性(あるいは退廃)の空気、タバコやコーヒー、アルコールなどの香りが独特であるかもしれないが、ガラス管の中の空気にそれを感じるのはむずかしい。

 言葉(タイトル)と物(作品/提示された対象)との関係が見えず測れない曖昧な関係を差し出し、言葉の力をもって強引に結びつけようと意図したものである。
 しかし、鑑賞者の抱く反感(疑惑)との差異の空気が、この作品の主な主張(主眼)である。


(写真は『DUCHAMP』TASCHENより)