『旅の想い出』

 全てが石化している画面であり、旅と謳っているが海山空の自然の景色はなく室内の光景に限定されている。旅という空間・時間の想い出がここに在るということ、即ち人生への回顧・回想である。

 過去となった時間の凝縮は、石化され動かし難く固定を余儀なくされている。
 左手に本、右手に山高帽、コートに身を包んだ老人であるわたくし(マグリット)は百獣の王であるライオンと共に静かにたたずんでいる。屋外から射しこむ天然の光はなく、ただ一本のロウソクに頼るのみの室内に『オルメイヤーの阿房官』の絵が象徴的に飾られているのは《人生が不条理に満ちていること》を暗示しているのではないか。テーブルの上には高台付きの皿に盛られた果実がある。

 着衣は相応の生活力に恵まれたことを現わしているが、生きるに足るだけのギリギリの質実である。しかし手前に控える人間の言葉を持たないライオンは、猛獣であり狂暴である。
 わたくし(マグリット)は、そのような主張を表現してきたが、通じることはないかもしれない。

 わたくし(マグリット)はそのすべてを肯定しよう。不条理であること、それがわたくしの人生、『旅の想い出』である。



(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)