
『弁証法礼讃』
マグリットは「家については、家の正面に開かれた窓を通して、家を含んでいる部屋を見せました。それが《弁証法礼讃》ですと述べている(図録の解説より)
窓が室内側に開いている。(通常は外側ではないか)
窓の中(室内)に家(建屋)が見えるが、それはあり得ない。
視覚というより空間の否定(矛盾)を含んでいる。礼讃というからには、これを肯定しているということなのか。
家を《わたし/自己》と捉えるならば、《わたしの中のわたし》は矛盾しない。対立は消え、相互の浸透が認められるからである。
非現実的な構想は、単に空想(イメージ)に過ぎないが、現実的な解釈との折り合いをつけるためには、このズレを修正しなくてはならない。受け入れがたい現象を感覚的な確信(現象)で受容していく。
否定すべき現象を肯定的に捉え、その間に潜む矛盾に《真理》を見出すことができればという希望的『弁証法礼讃』ではないか。(あるいは確信か…)
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)