
『オーステルリッツの喧騒』
ミニチュアの窓、レンガではなくレンガ模様が施された窓、ガラスがはめて在りますというざっくり描かれた印がある透明ガラス。
全体、豪華とは言えない簡素な庶民的な造りの窓である。
これが『オーステルリッツの喧騒』であるという所以はどこにあるのだろう。
1805年12月2日、ナポレオンが華々しい勝利を期したオーステルリッツの戦いを見知っていたかの窓。
多くの死傷者を出したまさに死闘の喧騒・・・。
この窓は多くの死者たちがくぐって逝った冥府の入口を象徴しているのではないか。にもかかわらず、「ここにはガラスがあって入れませんよ」と印が付されている。《これ以上、入ってはならない》という命令であり、庶民である兵士たちの喧騒(死闘)を受け入れた《墓標》である。
(写真は『DUCHAMP』TASCHENより)