
『3つの停止原基』
デュシャンがもっとも驚異に感じていたのは『誕生』ではないか。生まれ出で存在することの奇跡、わたしという存在。
世界の中のわたし、わたしの中の世界、その関係性への深い眼差しが作品提示の根拠である。
偶然描かれた線描を元にした定規のようなものが3本、箱から出され並べられている。この3本に関係性はないが、類似の発生プロセスは推しはかることが可能である。
いかにも年代物の巧みな木箱に設えたガラス版の仕切りは正確に分割されているようである。しかし、留め金は締まるかもしれないが開閉自由の安易さがあり、軽重が混然とした不具合が垣間見える。
混沌を孕んだ木箱に、3つの停止原基が収まる仕組みなのだろうか。木箱の底面に落ち着くしかない3つは、収納された場合、取り出す時の困難はどう解消するのだろう。ガラス板の間隔、1/4(22.7−3)÷4≒5㎝では手が入らない。
いかにもという風に並べられているが、よく見ると、いかにも不具合そのものである。
『3つの停止原基』は存在しているが、単一無二の物であり、原基とは停止せざるを得ない代物である。(そしてそれはわたし自身でもある)
(写真は『DUCHAMP』TASCHENより)