みんな は無事に暮らしているだろうか、などといつも自分以外のことに思いを潜めて暮らしているけれど、いざ自分の不具合が露呈してみると、自分の健康こそが、みんなに迷惑をかけないための基本だということが分かる。
劣化(老化)していく自分と折り合いをつける。痛みや不具合がこのまま続行していくならば、ありのままに受け入れるべきかもしれないし、治癒するのなら治すべき義務がある。
けれど、植物の葉の虫食いを見ても、自分と照らし合わせ、修復不可能を悟る。ついこの前までの《楽観》はどこへ捨ててしまったのだろう。
友人に映画を誘ってもらったけど、「エコノミー症候群です」という医師の言葉を思い出し、映画館での同じ姿勢はいけないかもしれないし、何より気力が失せて断ってしまった。
これより先、何事にも消極的に降下していくのだろうか。病気(不具合)は悪魔のささやきを拡大する。病気という列車に乗り込んだわたしは、恐れながらもその景色に興味津々でいる。