『自転車の車輪』

『自転車の車輪』とタイトルがあるので、車輪が対象(作品)であり、スツールは付属のように思うが、合体としての作品であることに気づく。
 スツールの上の使用不可である自転車の車輪の滑稽。
 タイヤを外された役に立たない車輪が白く塗られたスツールの上に持ち上げられ、鎮座している。シンプルで美しいとさえ感じるこの光景の無意味。

 これは正しくデュシャン自身としての告白である。
 もてはやされているが、わたし自身はまったく無意味の証明に明け暮れているに過ぎない。

《存在しているが非存在である》《非存在のように見えるが存在している》
 この表裏、不可逆を逆に覗く見えない暴力…空転の車輪そのもののようなわたし(デュシャン)。
 この作品はデュシャン自身のための証明である。


(写真は『DUCHAMP』TASCHENより)