
『ローズ・セラヴィよ、何故くしゃみをしない?』
不思議な作品である、美的鑑賞をもって制作したとは考えにくい。視覚に訴えてはいるが、造形の妙はむしろ排除し、いかにも偶然であるかの様子を呈している。
鳥かごと言っているが、11.4×22×16㎝はいかにも小さい。
角砂糖型にカットされた大理石が152個も入っているらしいが、同型の規格は教育された観念・常識・従順を想起させる。無作為にカゴに収められているが形態を見失うこともなく、ほぼ整列せざるを得ない立方体の集合である。
鳥かご・大理石・イカの甲・温度計に関連のサイクルを見いだせない。イカの甲や温度計はカゴに納まりきれずに飛び出しており、要するにカゴは開かれている。開かれてはいるが、出ていく機能のない無機物質の集合である。
この小さなカゴの中に収容(拘束)されたこれらは《失笑物》である。違和感・不条理・役立たず…負の景色を提示している。
窮屈にひしめき合う角砂糖型大理石の滑稽、出口を塞ぐ(大理石に比して)大きなイカの甲は威圧的だが、どちらの硬さが優位を占めるかは判然としている。
固い大理石に対し温度計のガラスに予想される破損…小さなカゴ(世界)の中の強弱の混在である。社会に酷似した小さな構造、脱出は可能だが出るべき術を持たない。
『ローズ・セラヴィよ、何故くしゃみをしない』、わたし(デュシャン)の中のローズ・セラヴィよ、何故この状況に生理的反応を惹き起こさない?
状況は淋しく閉ざされている。さぁ、この陳腐なカゴの中をどう見る?
自身を問うデュシャンの眼差しがある。
(写真は『DUCHAMP』TASCHENより)