老いているのは わたしの姿ばかりではないことに気づく悲しさ・・・。
日赤の募金活動で各家庭を回っているけれど、それぞれ年を重ねきて、相応の年配者になっている。
当たり前のことはさておき、その老い方には差異があり、明暗悲喜こもごもと言った景がある。
生老病死・・・困難な道のりは身体の不自由に比例して望みを希薄にしていく。
某家庭では、不自由になった女主の財布を養女になった女が握り、わずかな金額もその彼女からという具合。
女主は養女に向かい「2000円ばかりの現金をくださいな」と言うので、驚いていると、
「人の力を借りてものを言うのね」と、ぴしゃり。
「だってね、デイサービスに行くと皆さんいろいろなものを下さるの。私だって何か差し上げたいわ」と、わたしに小さな声で呟いた。
立派な注文住宅の一角に日用品が雑多に積み上げてある部屋の籐椅子に座っている女主には勤め上げた貯蓄や年金があるはず・・・。今までの経由で、女主は養女に当たる人に法外な金額を援助しているにも拘らず、この会話である。
女主との会話の後、養女は庭の薔薇やシャクヤク、多種のハーブをわたしに説明して下さり、なにか言っていたけど耳に入らないほどの衝撃。
にっこり笑ってその家を後にしたけれど、心中は複雑。
「悔しいわ」と女主が呟いた声が抑えても抑えても胸のなかで膨らんでくる。