『与えられたとせよ:⑴落ちる水⑵照明用ガス』
裸婦の大股開きは女性を侮辱したかに見えるが、そうではなく両性具有のような現象を醸し出している。デュシャン自身、ローズ・セラヴィと化身したりモナリザに髭を描き足したりして男女の境界を取り去ろうと試みていることは暗黙の条件と化している。
人類の基本形と解釈してもいいかもしれない。
彼もしくは彼女が光(ランプ)をかかげているのは、時空の継続であり、希望・進化である。(しかし、デュシャンはそれがその程度のものだとも言っている)
デュシャンの冷めた眼差しは、海山川そして青空のある地球の風景を愛をもって見つめている。遠い宇宙の任意の点から眺めた故郷は非常に美しく、生命の原点である女体は残酷なまでに醜態を曝しているが、万人が等しく誕生したはずの現場証明なのである。
この作品はヒューマンスケールで位置した二つの覗き穴を覗くであろう不特定多数(総勢)を想定し造られている。
《見えている作品構成》vs《見えない観客》(vsは覗き穴)そしてデュシャン自身は不在である。
『ローズ・セラヴィよ、何故くしゃみをしない?』デュシャンの中のわたし、この裸婦はデュシャン自身であると・・・。
『存在と不在』『可視と不可視』…沈黙の中の熱い思いが、作品の中に燃え滾っている。