『与えられたとせよ:⑴落ちる水⑵照明用ガス』

 アリストテレスの考えた四元素は《水・土・空・火》であり、五輪は《地・水・火・風・空》である。科学の解明がなければ現世の成り立ちは究極ここに留まるに違いない。

 落ちる水・・・すなわち雨(水)と地(土)
 照明用ガス・・・すなわち火・風・空(太陽)
 このライフラインが、生物の生命をはぐくみその歴史・連鎖を支える基盤に他ならない。

 『与えられたとせよ』この言葉は微妙に違和感がある。「もし、与えられていたなら」(こうなる)というのでもなく、「与えられていたとせよ」は、与えられていたかもしれないし、与えられていなかったかもしれないという曖昧な領域を指す過去形である。

 この作家の視点は宇宙のどこか遠い任意の所にあり、地球(現世)を眺めているのではなく、地球(現世)を架空の想定として置いている。地球の億年(初めから終末まで)を括って夢想しているのである。時空を超えた未来から物申している。

 覗き穴の転換点、作品は等身大の空間だけれど、その対極は無限宇宙にある。

 デュシャンの構想に驚愕している。
 デュシャンはこの作品を愉しんで作ったに違いない。