『泉』

 これほど衝撃を受けた作品はないかもしれない。
 グサッと人の生理を暴き出すような内実があり、生きることは、そういうことだと悟らざるを得ないような奥深さと諦念が交錯する。

 これに尽きると断言されたような失笑が漏れる。
 真善美…まさに真であるが、善と美についての有無は定かではない。しかし、悪でもない。醜であるかと問われれば、便器そのものは新品のレディ・メイドであり、汚れはないが使用目的を連想するのでどうしても美を受け入れがたいイメージがある。そして人の隠したい陰部をイメージさせる物体の提示にはいささか悪意さえ感じる。(鼻に突き付けられて嬉しいか、否)
 排泄…生命維持のために繰り返される循環の行為は、まさに《生きること》と同義である。

『泉』、自然に地下水が湧き出る所である。このタイトルと便器との関連など普通は思いつかない。
 しかし、泉は出るところであり、便器は入れるところという対比(?)がある。
 泉は美しいが便器は・・・。
 共通していることは《自然》であり、それこそ《生命の源》たる所以がある。

 デュシャンは『泉』をもって人の生理をえぐり出し、人としての叡智ある便器を提示し、人間の存在証明を果たしたと言える。