『シェヘラザード』

 カーテンで仕切られた左側には、台(石造りの設えは古い時代を想起させる)の上に、《目と口のみの真珠で模られた身体》が、《鈴/言葉》と《水の入ったコップ/真実》の中央にあたかも毅然と立っている。
 カーテンから臨む中央には海山空の自然が在り、水の入ったコップはその空間に位置している。
 右側には廃墟と化した塔のようなものが少し傾き加減に立っており、その中からおびただしい数の鳥が飛び立っている。

 シェヘラザード…夜に語る王女である。カーテン(幕)は現実(昼)との遮断を暗示しているかもしれないが、それは自然の理と時空を等しくすべく開いている。
 語る時空は、コップの水/真実に等しく常に水平を保つものであり、ゆるぎない平安を差し出す物語に通じているのではないか。
 少し離れた場所に位置する壊れかけた塔から飛び立つ鳥の群れ…これは、自由あるいは解放を意味しているのかもしれない。

 目と口(語り)と真珠に輝く王女の幻は、崩壊しかけた塔(王)を天空の真実に羽ばたく鳥の群れに変容させた。

《心の扉(カーテン/幕)を開くものは、言葉であり動かぬ真実(コップの水)である》


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)