
『不思議の国のアリス』
目と鼻の付いた擬人化された樹、雲間からその樹に誘いかける擬人化された洋ナシ。洋ナシの表情はどこか企みを孕んだような、善とは裏腹の笑みを浮かべている。
背景はメルヘンチックな優しい彩色の海山である。
「さあ、さあ、」強引なまでに誘いかける洋ナシに対し、樹は困惑しているのか馬耳東風なのか洋ナシの方へは視線を向けていない。
樹の根元の穴から不思議な世界へ落ち込んでいったアリス。不思議な世界を孕んでいる樹に、洋ナシは空の世界へと誘い込んでいる。
「こっち(天上=空)の方にだって万化の不思議が展けているんだ、地中に不思議があるなら、空には更に不思議が…」と言わんばかりである。
重力によって地上に落果するはずの洋ナシが浮遊している。即ち重力のない解放された世界である。
『不思議の国のアリス』の秘密はここにある。
つまりは重力からの解放、物理的根拠からの逸脱、自在な変化/擬人化、空間の膨張・圧縮、恐怖と困惑・・・あらゆる差異と観念の解放によって自由な世界を展開させ人間の心理を見せている。
生きて在るものの混沌や迷いの風景、それが『不思議の国のアリス』の扉に隠された内実である。
「さあ、さあ」と誘う不敵な笑みの洋ナシ、驚いたように目を見開く樹、不条理こそが世界を動かすエネルギーかもしれない。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)