
『記憶』
忘れないで覚えていること…。古代彫刻の石膏像頭部の額に流れる鮮血、即ち傷痕である。
手前には女性あるいは美を象徴する薔薇が一輪、背後には言葉(伝説・物語・噂・流言など)を暗示する鈴がおかれ、台には木目が見えている。(木目=死界の暗示)
遠く見える水平線はざわざわ波立っており、海とのけじめも定かでないような空は暗雲垂れこめているが、遥か頭上は白い雲の兆しが見える。(これは異世界/現世との媒介の空かもしれない)
どの角度からも明るさは見えず、陰鬱極まる苦渋の景である。
悲しみの支配する景は静寂であり、攻撃のエネルギーは微塵もない。諦念・・・赤いバラとしての誇り、自分の主張(鈴)は背後で確信となって存在している。
しかし、手折られた薔薇はその後の活性を約束されない。
『記憶』この情景に未来はない、あくまでも時は進展せず、忘れないという過去の時間に留まり、口惜しさを静かに受け止めている。
赤い血の鮮血は、記憶の中で空を苦渋の曇天と化しているのかもしれない。
『忘れない=記憶』は、胸の中で生き続けている。ただ遠く、復活の自由を許されていない。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)