『人間嫌いたち』

 カーテンの林立。左端に見える樹に比し、恐ろしいほどに高く擬人化というにはあまりにも巨きい。
 カーテンに人格を感じるべくもないが、立ち姿は垂直であり乱れがない。しかし、垂直に垂れているということは、支配に従っているということかもしれない。
 しかし、カーテンはタッセルで片側に寄せられ開いており、その並びに規則性はなくランダムであり、上方に高く伸びた形は解放的である。

 解放と閉塞が一体化したようなカーテンの林立。
『人間嫌い』と称したこの景色の彩色に明るさは認められず、擁壁のような陰鬱な空気感のみが充満している。にもかかわらず、この直線的な林立にはどこか強い意志を感じる。尊厳、誇りと換言してもいいかもしれない。

 カーテンそのものの役目は『隠蔽』である。
 見せないが、見る。自身は隠れているが、世界の眺望には果てしないほどの関心がある。人間嫌いの景は淋しくもこうした空気感に違いない。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)