『自由の入口で』

 自由とは他からの強制・束縛・支配を受けないで、思いのまま、心のままに行動することである。
 この絵の空間は8枚のパネルで壁が被われており、入口の開口部が見当たらない。

 左から、林(樹木)・裸体・板・鈴・炎・切り抜き・集合住宅の窓・青空と雲・・・である。
 林は迷路、迷い(幻惑)。
 裸体は、性への執着。
 板は、死の暗喩。
 鈴は、言葉・噂・命令・伝言etc。
 切り抜きは、刻まれた精神。
 閉じた窓は、閉塞・沈黙。
 青空と雲は、変化(不可逆の時間)。

 それらは生きる糧であり、また生きることを阻む憂鬱である。この混迷・混沌の中に生きている。
 本当の自由があるならば、それは現今の状況を、大砲をもって爆撃するしかないのではないか。

「自由の入口で」わたくしは生きているが、自由の扉が開かれているわけではない。
 解放を願う暴挙を心に抱き、常に自由の入口の前で大志(大砲)をもって構えている。

 マグリットの願う自由とは、絶対に行き来不可の(母のいる)冥府への道ではないかと推測する。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)