『嵐の装い』
 暗く不穏な空、荒れた海、沈みかけた帆船。
 模様が刻まれた紙状の擬人化、人まがいの紙切れの直立した姿のものたちが、その荒れた海をあたかも見ているように感じる画面、光景である。

 切り刻まれた傷だらけの薄い板状のものは、静かにも立っている。嵐を見ているこちらの領域は無風であるらしい。
 嵐と無風…別世界が一つの空間に収まっている妙、光(光源)は擬人化されたものたちの手前にあリ、暗い嵐の海の波間を照らし出しているように見える。
 船は大きいと予想されるがひどく小さく描かれている、ということは相当な隔たり、隔絶に匹敵する距離間があるということかもしれない。

 冥府と現世という仮説が成り立ちはしまいか。
 『嵐の装い』とは冥府の幽霊たちが、現世の嵐(死を覚悟した過酷な状況)に瀕した人を出迎えるための装いではないか。

 黙した画面から、涙と叫びの嵐、声援と温情の装いが聞こえる。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)