『本来の意味』
 四つに区切られた領域、その一つに〔Corps de femme〕と書かれた文字がある。
 ×の形で区切られた他のエリアには、青(海or空/宇宙)、深緑(植物/食料・酸素)、煉瓦積み(人為/人智)が各描かれている。
 ×もしくは四角い縁取りは漆黒である。闇黒・無窮・・・否定、マイナス的要素が強く感じられる。

 これらの条件が『本来の意味』であるという。
 
 Corps de femme を見て、異国語のわたしには、女の身体だとは直観できない。文字らしきものの羅列でしかなく、意味を持たないものという認識である。
 ブルーに少しの白が混じる画面からは、経験上、空もしくは海、空漠から中くらいは想起出来るかもしれないし、心理的には希望、なにかの予兆と捉えることが可能かもしれない。
 深緑からは深林・深森のイメージがわき、心理的には陰鬱・冷静が当てはまるかもしれない。
 煉瓦積み(模様)からは人の手、人類の進化などに思いを馳せることが出来るかもしれない。

 全て、《かもしれない》という仮定である。決して本来などという同値には結びつかないのである。

 パイプを描いて「これはパイプではない」と主張したことと逆説的な意味で同じことを言っている。
 文字通りの意味ではなく、解釈はさまざま雑多な感想がある。文字を読めないわたしにとっては書かれた文字らしきものは何の意味も持たない。彩色やそれらしきものでさえ、認識の範囲は万人の人が万の感想を抱くほどに、広く不確定である。 

 『本来の意味』は、《在る、しかし、無い》という範疇のものである。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)