『喜劇の精神』
 人型に切り抜かれた紙状のものはさらに折りたたみ鋏を入れられ、向こうが透けて見えるレース状になっている。しかも、それがあたかも人間よろしく立っているという図である。

 バックは多少沈んだブルーであり、ベタである。そして、まっすぐ立っているので気が付きにくいが、立地は坂(ななめ)である。

 この図から読み取れるのは、倒れるか吹き飛ばされるかするような脆弱な紙切れであるものの開き直ったような強さ、強靭な精神ではないか。
 満身創痍、傷だらけであり、立ち位置も滑り落ちるしかないような坂の途中である。

 しかし彼は落ちていく坂の下に注意を払うのでなく、坂の上を振り返り見ているポーズを暗示している。降りるしかないような坂の途中で辛うじて上に行こうと足を食い止めている。


 紙切れ状態であれば、真意は見えない。彼(人間)であるかすら不明である。しかも、力(エネルギー)は微塵も感じられない。
 けれど、紙状ながら下ることに抵抗を示し、上側を向いている。
 観客を笑わせようとする精神は、満身創痍の自分をさらけ出し下降の坂に抵抗するものである。

 自分を棄てて観客を楽しませる精神は、観客から見たら、薄っぺらな存在にしか見えないかもしれない。

 しかしながら、『喜劇の精神』には、見えない(秘めた)エネルギーがある。
 《この切り刻まれた紙状の物が坂の途中で吹き飛ばされることもなく立っているんですよ、上を見つめているんですよ!》
 
 尊敬・驚嘆に値するとは思いませんか?わたし達が常々笑っているものは、これほどまでに強靭な精神に支えられているのです。
 マグリット自身の精神の根拠でもある。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)