過去は振り返らない! そうきっぱり決めていても、不意に過去の情景を思い浮かべたりする。遠くの景色を眺める気分でいるのに、ざわざわと胸の中で鳴る音がする。

(あの人、あの人たちは今ごろどうしているかしら)

 一緒に机を並べたマキノさんは他界、仕事を教えてもらったセキさんもこの世の人ではない。
 G製版の三兄弟は一夜のうちに姿を消して、あれからどうしているかしら。M製版の一家、T製版の人たち、K製版の社長・・・わたしの関わった零細企業は、みんな悉く消えてしまった。

 仕事に追われ真面目に生きてきたのに、どこかで歯車が狂ってしまう。
「M製版の社長なんてね、当時三億の慰謝料払って離婚したの。ニュースになったくらい」とY工芸の事務員が言っていたほど景気が良かったのに・・・。


 結局、小さな所の呑気な経営が、時代に飲み込まれてしまったのだ。仕事さえしていれば、今日も明日も大丈夫。でも、明後日の変化が読めない。

 
「いいことなんて、なかったわ」と、Aさんはつぶやいた。

(わたしも、そう)責任の所在なんてことは考えない。


 それでも生きているし、死なない限りは生きていかなくてはならない!