ふと今日一日何をしていたんだろうと思い返すことがある。

 働いて糧を得、食べて寝る・・・この基本から外れているわたしの日常。

 どこまで汗を流しても無に帰するしかない家事労働と噴飯ものの趣味・・・かくて暮れていく。

(もう老後だから) 

 シジィフォスの神話・・・罰としての山頂への石運び、自分が麓に下りるより先に落下している石を見て呆然とするが、再び重い石を力の限り運び上げる・・・繰り返される辛苦。

 ここに正義や喜びはあるのだろうか。

 忠実こそが正義であり、汗を流す労働こそが喜びと解釈出来なくもない。

 少なくともここには、生きることへの肯定がある。
 疑問も憤怒をも否定する肯定・・・大いなる肯定。

 ふと振り返る人生・・・総ては肯定によってのみ救われるのかもしれない。