亡父の残していったものに『昭和十年連合艦隊第二艦隊軍艦高雄』『昭和十二年南洋特別行動軍艦沖島』の二冊がある。
本に仕立てたもので、もともとは、ガリ版刷りの日誌をまとめたものである。詳しくは読んだことがないけれど、日々の雑記、俳句や詩、献立などが記載されている。
某日の献立は「アサ/味噌汁・ヒル/ビフテキ、プッディング・バン/照焼、田楽」とある。昭和十年の頃にはまだカタカナや洋食もOKだったらしい。
ただ全編通じて泣かせるのは、父母に対する孝養を歌っている点。
『無常の世』と題して、
我々は百才も二百才もいきるやうに思って必ずしも日常死と云ふ事を考へない。之は蝉が夏のみ元気良く鳴いてゐるのと同じである。われわれ五尺の身体も呼吸がたった五分止まれば此の世の者でない。(略)
其の内に父母を喜ばせようと思って居る間に無常の世はわれわれの父母を此の世から奪ってしまふ。(略)
孝養とは何か。
「身体髪膚之を父母に受く敢て毀損せざるを孝の始めとす身を立て名を挙げ父母を表するを以て孝の終りとす」とある。
大海の真ん中で、ひたすら父母を思っていただろうと思われる。
そういえば、「♪朝夕慣れにし学びの窓~・・身を立て名を挙げやよ励めよ♪・・・」(「仰げば尊し」より)
今は、身を立て名を上げるなんていう考えは古いし、こんな歌も歌われなくなって久しいと聞く。
それこそ今は、子供たちに迷惑の掛からないように、すんなりこの世から消えてゆきたいと願うばかり・・・。
まさしく『無常の世』である。
本に仕立てたもので、もともとは、ガリ版刷りの日誌をまとめたものである。詳しくは読んだことがないけれど、日々の雑記、俳句や詩、献立などが記載されている。
某日の献立は「アサ/味噌汁・ヒル/ビフテキ、プッディング・バン/照焼、田楽」とある。昭和十年の頃にはまだカタカナや洋食もOKだったらしい。
ただ全編通じて泣かせるのは、父母に対する孝養を歌っている点。
『無常の世』と題して、
我々は百才も二百才もいきるやうに思って必ずしも日常死と云ふ事を考へない。之は蝉が夏のみ元気良く鳴いてゐるのと同じである。われわれ五尺の身体も呼吸がたった五分止まれば此の世の者でない。(略)
其の内に父母を喜ばせようと思って居る間に無常の世はわれわれの父母を此の世から奪ってしまふ。(略)
孝養とは何か。
「身体髪膚之を父母に受く敢て毀損せざるを孝の始めとす身を立て名を挙げ父母を表するを以て孝の終りとす」とある。
大海の真ん中で、ひたすら父母を思っていただろうと思われる。
そういえば、「♪朝夕慣れにし学びの窓~・・身を立て名を挙げやよ励めよ♪・・・」(「仰げば尊し」より)
今は、身を立て名を上げるなんていう考えは古いし、こんな歌も歌われなくなって久しいと聞く。
それこそ今は、子供たちに迷惑の掛からないように、すんなりこの世から消えてゆきたいと願うばかり・・・。
まさしく『無常の世』である。