孫が水疱瘡になり息子一家がわが家に滞在。
 昨夜の大雨で靴底を傷めた息子、父親の靴を履いて出勤。息子の結婚式に購入し、一度しか履いていない靴。ときどき風を通しているけど、靴の方もやっとお役に立てて喜んでいるかもしれない。
 靴底を傷めるまで履く息子と、新しい靴に何時までたっても履き替えようとしない父親。

 履きなれた靴というものはそれだけ心地良いに違いない。
 やっと足に馴染む・・・秘かにも心弾む充足感は得がたい。

 月イチ程度の山歩き…四、五年も経てばそれなりに靴底は減り、何かの拍子に滑らないとも限らない。
《危険である》

 新しい靴に代えるべき!と思っても・・・馴染みの靴から離れられない。

 滑れば転ぶ・・・転べば骨折(という年頃)・・・後悔は先にたたない。

 新しい靴に馴染むまでの時間を考えると、なかなかその気になれない。
 ジッと靴底を見る。
(ほらっ)と背中を押されるけど、次の瞬間(まだ、まだ)と執着心が引き止める。
 そうしてすでに、一年は過ぎようとしている。