学校時代には時間割りというものがあった。でも、今は自由気ままな生活。
 それだけに楽なほうへと流され、気づいたときには《一体、何だったのだろう》と呆然とする。

《そういうものだ》と割り切れば、問題はない。

 時間割りから開放された老の身・・・なのに、無いものねだり。
 鐘、あるいはブザーが鳴りストップが掛かる「ハイ、ここまで」の合図。

 とりとめもない日常には、とりとめのない結果しか付いてこない。二年前に描きかけた油絵、植物画のスケッチ帳は某日で止まっている。読もうとした本もそのまま・・・。

 一時間目は裁縫、二時間目は読書、三時間目はスケッチ・・・こんな風に過ごせたらいいなと思う。
 好きなこと(人には言えないけど、カフカなどの裏読み、真髄探し・・・)だけしかしない。
 これで自分の人生はいいのだろうかと、時々ため息をついている。