あのときの我をよぎれる金魚かな(中村汀女)

 あのときの、過去であるが(あの時より)でも(あの時から)でもない(あの時)、回想の(あのときの)は胸に潜み、忘れられない時空への想いである。

 金魚は赤、赤いべべ着た可愛い金魚。
 真紅を見た驚き、初潮だろうか、女を確信した時だろうか。
 金魚は黒、身内や恋人への葬送の想いだろうか。

 金魚を見上げることはない、たいていは俯瞰か目の位置に等しく愛でるものである。つまり至近であるが(よぎれる)ということは過ぎ去っていったという愛惜。
 我(わたくし)を通り過ぎて行った金魚(愛しく想うもの)、あのときのわたくしは・・・悔恨だろうか。 幼いが凛とした尊厳を醸す戦中の若い兵士への惜別か。

 ひっそり胸の奥に眠る想いの吐露、鮮烈な回顧である。