
ボトル・ラック(64.2㎝)はヒューマンスケールからして巨大でも極小でもなく、眺め下ろすという感じである。
存在感を推して所有を由としているデュシャン。
対象物はデュシャンにとって所有する世界観に通じる、と同時に世界の中の個である。
完全な円形(中心から均しい距離を持つ点の連鎖)に欠けたところはない。無欠であることへの憧憬とは何か。世界観を呈するボトル・ラックは世界の中の一点でもある。
人工的に工作されたボトル・ラックの円錐状、攻撃あるいは守備を想起させる棒状の突起は並べて等間隔であり、整列整備されている。この揺るぎない形態に目を凝らす。
同じであること、ボトル・ラックは均等を由とする、しかしこの物が例外であるという可能性は否定できない。
同じであることの平穏は総てを同一化し、例外を拒む傾向にある。
所有の個(ボトル・ラック)は完結を呈しているが、この見解の集合はまた異端の形を生むという巡回は定理となり得る。
ボトル・ラックは(使用済みの空き瓶掛け)という無用の長物であり、生産を助長するものではない。不要のものを一つずつ掛けるという仕掛けは存外面白く愉快であると、デュシャンは皮肉めくこの物を愛したに違いない。完結した形態が《負》を負うという構造に大きく肯いたかもしれない。
写真は『DUCHAMP』TASCHENよりジャニス・ミンク