小さな丸椅子の上に乗せた片方の車輪、固定という仕掛けがあるゆえ定着した景を見せている。
 しかし普通に考えると困難極まる景であり、むしろ絶対に不可能、有り得ない景なのである。

 この景を見た鑑賞者はこの存在(作品)に危機や不安を感じない。なぜなら在るように在るからである。均衡を保つバランスを美しいと称賛し、この仕掛けの内実に疑惑を抱かない。
 倒壊しない、崩れないという厳然たる事実は(倒壊、崩壊)を予期しない。《固定》という仕掛けを知らされてもその感想は変わらない。作り上げた『自転車の車輪』という作品の表面だけを観察し、潜んでいる仕掛け(人為)を肯定、納得するからである。

 たとえば、世界中にある高いビル、塔への怖れは称賛、憧憬に打ち消される。人為、つみ重ねられたデータに起因する能力の高さを信じているからである。これらはある意味同じことがいえる。
 つまり、見えているものに対する信頼が勝つからである。一抹の不安は今現在は大丈夫だという確信に打ち消され疑いは霧消、微塵も掠めることはないかもしれない。

 見えているものは見えていない事実を隠蔽する。
 デュシャンが自転車の車輪を回すとき「本当の事は見えない」と呟いたのではないか。

 写真は『DUCHAMP』TASCHENよりジャニス・ミンク