
この作画は非常に難しい思考の果てである。
何が何してどうなるというプロセスを想起できず、ローラーは中心に重心がなく傾きは反対である。落下、分解を余儀なくされる図を静止画である特典を生かし何事もない平静に収めている。
リアルに物質に置き換えることのできない絵図はそれらしく鎮座の様子を呈している。
何という巧みだろう!この作品の凄さは《無為》にある。崩壊寸前をあたかも永久に錯覚させる技、術は笑うしかない見事さである。
ローラーは回転すべき物であるという通念に疑いを持たない。実用性を持った製品を模して非実用的な絵図を描いてみる。
鑑賞者は少し首を傾げるがあくまでも作家の創意なのだと肯定してしまう。ピカソの創意とは全くの別物であるにもかかわらず、同じ範疇に収めがちであり、そのように意図している傾向をも含めて描いている。
あたかも《のように見える》錯視。《のように見える世界》である。
見過ごすことの平穏、見過ごすことへの警鐘(心の痛み)、デュシャンは沈黙の態で作品を世界に発信している。
写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク・TASCHENより